このユニットの結論
同じデータが 2 つのシステムに別々に入っていると、必ず食い違います。
データごとに「正しい値を持つのはどのシステムか(データ正本)」と「その定義と変更を決めるのはどの業務部門か(持ち主)」を 1 つずつ決め、ほかのシステムは写しとして扱うことが、全体設計の土台です。システムの境目は、データの持ち主の境目と合わせます。
1. 何の話か
このユニットは、データの持ち主を決める考え方の話です。
05-02 どのシステムが何を担当するのか では、システムの担当範囲を学びました。担当範囲を決める軸の 1 つがデータです。顧客の情報を営業管理と新基幹の両方で入力できるようにすると、どちらが正しいか分からなくなります。「正しい値はここにしかない」を決めるのがデータ正本、「その定義を決める業務部門」が持ち主です。
2. なぜ必要か
持ち主を決めないと、
- 同じ顧客が 2 つのシステムで違う名前・違う住所になり、請求が届かない
- 項目の意味を変えたいとき、誰に聞けばよいか分からず、勝手に変えて他システムが壊れる
- 経営分析で数字が合わず、どちらが正しいかの議論に毎月時間を使う
ということが起きます。データの持ち主は、00-06 同じ言葉で違うものを指していないか の「定義の責任者」と同じ人であることが多く、言葉とデータは一緒に決めます。
3. このユニットで分かること
- データ正本と持ち主の違い
- 持ち主を決める基準
- 境界をまたぐデータ(写し)の扱い
4. データ正本と持ち主
| 概念 | 意味 | 決めること | 例(一般的な例) |
|---|---|---|---|
| データ正本 | そのデータの正しい値を持つシステム | どのシステムで入力・更新し、ほかは写しにするか | 顧客の正本は営業管理システム。新基幹は写しを受け取る |
| 持ち主 | そのデータの定義と変更を決める業務部門 | 項目の意味、取りうる値、変更の手続きを誰が決めるか | 顧客の持ち主は営業部門。経理が請求先を変えたいときは営業に申請する |
正本と持ち主は別の概念です。正本はシステム、持ち主は人(部門)です。両方が決まって初めて、「どこで直し、誰の了解で直すか」が分かります。
5. 持ち主を決める基準と、写しの扱い
持ち主の基準は、一般的には「そのデータが生まれる業務を担う部門」です。顧客は営業で生まれ、社員は人事で生まれ、工数は現場で生まれます。生まれる場所と違う部門を持ち主にすると、入力する人と責任を持つ人が離れ、品質が落ちます。
写しの扱いは、次を決めます。
- 写しは、正本からの連携でしか更新しない(写し側で直さない)
- 写しが正本とずれたとき、どちらに合わせるか(原則、正本)
- 写し側で「どうしても追加したい項目」は、正本に項目を足すか、写し側だけの別の項目として持つかを持ち主と決める
- 正本が変わったとき、写しにどれだけの遅れで届くか(即時か、夜間か)を業務が許すか
CASE FACTFROZEN正本に記載されたアステリア案件の事実
アステリア案件のデータ正本に関する記載
- データ正本:顧客・契約は営業管理システム、社員・組織は人事マスター、工数は勤怠・工数管理SaaS、案件・案件予算・案件原価・請求は新基幹、正式な会計残高・仕訳は FIN-CORE、経営分析は BI
- 最重要データチェーン:顧客 → 契約 → 案件 → 要員 → 工数 → 原価 → 売上 → 請求 → 会計 → 経営分析
- 正本からの連携として IF-01 顧客マスター連携(営業管理 → 新基幹)、IF-02 契約情報連携(営業管理 → 新基幹)、IF-03 社員・組織マスター連携(人事 → 新基幹)、IF-04 工数連携(勤怠・工数SaaS → 連携基盤 → 新基幹)がある
- 成果物に DAT-001 データ一覧・管理責任表、ARC-003 システム責任分担表 がある
- P-005 藤本 遥 — 経理業務リーダー、P-007 松本 健太 — 営業・契約業務リーダー、P-008 黒田 健 — システムアーキテクト
正本は「どのデータをどのシステムが持つか」を記載していますが、各データの持ち主(業務部門)が誰かは記載がありません。記録なし 写しがずれたときの扱いも記録がありません。記録なし
6. THINK — 「新基幹でも顧客を直せるようにしてほしい」
要件のレビューで、経理部門から次の要望が出ました。
「請求先の住所が間違っていることがよくある。新基幹の画面で直接直せるようにしてほしい。営業に頼むと時間がかかる。」
問題
この要望をそのまま要件にしてよいでしょうか。
判断例を開く
判断
顧客の正本は営業管理システムです。新基幹で直せるようにすると、2 か所で直せるデータになり、必ず食い違います。
確認すること:
- 困っているのは「直せないこと」か、「営業に頼むと遅いこと」か(後者なら、申請の手続きを速くする方が筋)
- 経理が直したい項目は、顧客の項目か、請求のための別の項目か(請求先の宛名が営業の顧客名と違ってよいなら、請求側の項目として新基幹が持つ)
- 持ち主(営業部門)は、経理が直すことを了解するか。了解するなら、正本側(営業管理)で経理が直せる権限を設計する方法もある
- 写しで直した値が、次の連携で正本の値に上書きされることを経理は知っているか
要望は正しい困りごとを指しています。答えは「写しで直す」ではなく、「正本で速く直せるようにする」か「請求側の項目として分ける」かです。
7. よくある失敗
- 使う頻度が高いシステムを正本にし、データが生まれる業務と離れる
- 写し側で直せる画面を作り、2 か所の値が食い違う
- 持ち主を決めずに項目の意味を変え、他システムの処理が壊れる
- 正本から写しへの遅れを業務が知らず、「さっき直したのに反映されない」が問い合わせになる
8. 成果物との接続
- DAT-001 データ一覧・管理責任表:データごとの正本のシステムと、持ち主の業務部門、写しの一覧を持つ
- ARC-003 システム責任分担表:システムごとの担当範囲。データの境目と合っているかを突き合わせる
9. AI WORKFLOW — 2 か所で更新できるデータを探させる
AIは、画面の一覧や要件の一覧から、同じデータを複数のシステムで入力・更新できる箇所を探す下書きに役立ちます。
指示例:
「次の画面一覧と要件一覧から、同じデータ(顧客、契約、社員、案件 など)を 2 つ以上のシステムで入力または更新できる箇所を抜き出し、データごとに一覧にしてください。どちらを正本にすべきかの判断や提案はしないでください。」
10. REVIEW — AIの一覧を確認する
- AIが「同じデータ」と判断したものが、本当に同じ意味のデータか(名前が似た別のデータでないか)
- 見つかった箇所について、正本と持ち主を人が決めたか
- 要件一覧を AI に渡してよいか(業務情報の扱い)を事前に確かめたか
11. 人間が判断すること
- データごとの正本のシステムと、持ち主の業務部門
- 写しがずれたときに、どちらに合わせるか
- 写し側の「直したい」要望を、正本の手続きの改善で応えるか、別の項目に分けるか
設計承認は、AIへ最終委任しない事項です(正本の方針)。
12. 判断演習
あなたの職場で、同じ情報が 2 か所以上に入力されているものを 1 つ挙げてください(例:顧客の連絡先、社員の所属、商品の価格)。
その情報の「生まれる業務」はどこか、正本にすべき場所はどこか、持ち主はどの部門か、もう一方を写しにしたら誰がどう困るか、を書いてください。
あなたの記録あなたの考え。事実ではありません
判断ノート
このユニットで覚えてほしいこと
データは 1 か所で持つ。正本(システム)と持ち主(業務部門)を分けて決め、写しは正本からの連携でしか更新しない。システムの境目は、データの持ち主の境目と合わせる。