このユニットの結論
大規模なプロジェクトで起きる食い違いの多くは、技術ではなく言葉から始まります。
「売上」「案件」「確定」のような日常の言葉ほど、部門ごとに意味が違います。用語集を作り、定義ごとに責任者を決め、要件・設計・データの定義で同じ言葉を使うことが、つなぎ目の事故を減らします。
1. 何の話か
このユニットは、プロジェクトの中で言葉の意味をそろえる話です。
同じ会社の中でも、営業が言う「受注」と経理が言う「受注」は、時点も条件も違うことがあります。複数の会社が関わるプロジェクトでは、会社ごとの業界用語も混ざります。言葉の意味がずれたまま要件を書くと、作られたものは「要件どおり」なのに業務で使えません。
2. なぜ必要か
言葉をそろえずに進めると、
- 「確定」の意味が部門で違い、確定済みのはずのデータが別の部門では未確定として扱われる
- 設計書の「顧客」が、営業管理のデータでは「取引先」と「請求先」の 2 つに分かれていることに、連携の試験で初めて気づく
- 会議で同じ言葉を使って合意したのに、作ったものを見て「そういう意味ではなかった」になる
ということが起きます。
3. このユニットで分かること
- どんな言葉が危ないか
- 用語集に何を書くか、誰が定義の責任を持つか
- 用語集を要件・設計・データの定義とどうつなぐか
4. 危ない言葉の見つけ方
一般的には、次の性質を持つ言葉が危険です。
| 性質 | 例(一般的な例) | 何が起きるか |
|---|---|---|
| 日常語と業務語が同じ | 売上、顧客、案件、契約 | 聞いた人が自分の部門の意味で理解する |
| 時点で意味が変わる | 確定、完了、承認済み | 「いつの時点で」が人によって違う |
| 複数の単位を含む | 工数(人日か時間か)、金額(税込か税抜か) | 集計が合わない |
| 同じものに別名がある | 取引先/顧客/請求先、社員/従業員/要員 | データの突き合わせで一致しない |
| 外来の略語 | 業界や会社ごとの略語 | 別の会社の人には別の意味 |
会議の議事録で、同じ言葉が違う意味で使われていないかを読み直すと、候補が見つかります。
5. 用語集に書くこと
用語集は「言葉の一覧」ではなく、「定義の責任者を決めた台帳」です。1 語ごとに、少なくとも次を持ちます。
- 言葉と、使ってはいけない別名
- 定義:何を指し、何を含まず、どの時点の状態か
- 責任者:定義を決め、変える権限を持つ役割(部門)
- データでの対応:どのシステムのどの項目に当たるか(DAT-002 データ定義書)
- 業務での登場場面:どの業務フローのどこで使われるか(REQ-001 業務フロー図)
責任者が決まっていない言葉は、プロジェクトの中で誰かが勝手に定義します。あとで必ずもめます。
CASE FACTFROZEN正本に記載されたアステリア案件の事実
アステリア案件の言葉に関する記載
- データ正本:顧客・契約は営業管理システム、社員・組織は人事マスター、工数は勤怠・工数管理SaaS、案件・案件予算・案件原価・請求は新基幹、正式な会計残高・仕訳は FIN-CORE、経営分析は BI
- 最重要データチェーン:顧客 → 契約 → 案件 → 要員 → 工数 → 原価 → 売上 → 請求 → 会計 → 経営分析
- システムの略称として、新基幹、FIN-CORE、勤怠・工数SaaS、営業管理、人事、連携基盤、BI、認証・ID、監視・ログ が使われる
アステリア案件に用語集があったか、「売上」「案件」などの定義がどう決められたかは、正本に記録がありません。記録なし データ正本の一覧は「どのデータをどのシステムが持つか」を示すもので、言葉の定義そのものではありません。
6. THINK — 「売上の定義は会計が決めればよい」
要件定義の会議で、ある参加者が次のように言いました。
「売上の定義は会計部門が決めることです。業務部門は会計に合わせればよいので、議論は不要です。」
問題
この整理で、要件定義を進めてよいでしょうか。
判断例を開く
判断
会計の定義は「正式な売上」の定義です。しかし、営業が日々見る「見込みの売上」、案件管理で見る「進捗に応じた売上」は、会計の定義とは時点も目的も違います。
確認すること:
- 「売上」という言葉を、どの部門が、どの場面で、何のために使っているか
- 目的ごとに定義が違うなら、別の言葉(見込売上、認識売上 など)に分けられるか
- それぞれの定義の責任者と、データでの対応(どの項目か)が決まっているか
- 経営分析で並べて見るとき、どの定義を使うかが決まっているか
会計が決めるのは会計の定義です。言葉を 1 つに決めるのではなく、意味の違いに名前を付けて分けることが、そろえるということです。
7. よくある失敗
- 用語集を作ったが責任者がおらず、定義が更新されないまま古くなる
- 用語集と、要件一覧・設計書・データ定義書で、同じ言葉に別の説明が書かれている
- ベンダーが自社の用語で設計書を書き、業務部門が読めない
- 「みんな分かっている」として日常語を定義せず、稼働後に集計が合わない
8. 成果物との接続
- REQ-001 業務フロー図:言葉が業務のどの場面で使われるかを示す。用語集の「登場場面」の出どころ
- DAT-002 データ定義書:言葉がデータのどの項目に対応するかを示す。用語集の「データでの対応」の出どころ
用語集は、この 2 つの成果物の間に立ち、同じ言葉が同じ意味で使われていることを保証します。
9. AI WORKFLOW — 同じ言葉の違う使われ方を探させる
AIは、議事録や要件の一覧の中で、同じ言葉が違う意味で使われている箇所を探す下書きに役立ちます。
指示例:
「次の文書群から、『確定』『売上』『顧客』という言葉が使われている文をすべて抜き出し、文ごとに『どの時点・どの条件を指しているように読めるか』を添えてください。正しい定義を提案したり、どれが正しいかを判断したりしないでください。」
10. REVIEW — AIの抜き出しを確認する
- 抜き出された文が、元の文書に実際にあるか
- AIが添えた「読み方」が、文脈から外れていないか
- 違いが見つかった言葉について、定義の責任者を人が決めたか
11. 人間が判断すること
- どの言葉を用語集に載せるか
- 定義の責任者をどの部門にするか
- 意味の違う使い方を、1 つにそろえるか、別の言葉に分けるか
要件確定は、AIへ最終委任しない事項です(正本の方針)。
12. 判断演習
あなたの職場で、部門によって意味が違う言葉を 3 つ挙げてください。
それぞれについて、「どの部門がどんな意味で使っているか」「定義の責任者は誰であるべきか」「データではどの項目に当たりそうか」を書いてください。
あなたの記録あなたの考え。事実ではありません
判断ノート
このユニットで覚えてほしいこと
食い違いは言葉から始まる。用語集は定義の責任者を決めた台帳であり、要件・設計・データの定義を同じ言葉でつなぐためにある。