このユニットの結論
設計判断の記録は、「何を決めたか」だけ書いても役に立ちません。
そのとき何が分かっていて(文脈)、どんな案があり(選択肢)、なぜその案にし(決定と理由)、何を引き受けたか(影響)、いつ見直すか(条件)。この 5 つを 1 枚に書くことで、半年後の自分と、1 年後に加わる人が、判断をやり直さずに済みます。
1. 何の話か
このユニットは、設計判断の記録の書き方の話です。
05-05 設計判断をなぜ記録するのか では、記録する理由を学びました。ここでは、実際にどう書くか、どれだけ書くか、いつ書くかを扱います。世界で共有されている考え方では、この形式を ADR(アーキテクチャ決定記録)と呼びます。
2. なぜ必要か
書き方が決まっていないと、
- 決定だけが書かれ、なぜそうしたかが分からず、状況が変わっても見直せない
- 1 件の記録が長すぎて誰も読まない、または短すぎて何も分からない
- 記録が設計書の中に埋もれ、あとから探せない
ということが起きます。型があれば、書く側も読む側も迷いません。
3. このユニットで分かること
- 記録の 5 つの要素と、それぞれに書くこと
- どの判断を記録するか(すべてではない)
- 記録を「生きたまま」保つ方法
4. 5 つの要素
| 要素 | 書くこと | 悪い例(一般的な例) | 良い例(一般的な例) |
|---|---|---|---|
| 文脈 | 判断が必要になった状況。制約、分かっていたこと、分かっていなかったこと | 「連携方式を決める必要があった」 | 「夜間に 40 万件を翌朝 6 時までに取り込む必要がある。相手システムは夜間停止があり、同期では待ち時間が読めない」 |
| 選択肢 | 検討した案(2 つ以上)と、それぞれの利点・欠点 | 「A 案を採用」 | 「A 同期、B 非同期(基盤経由)、C ファイル受け渡し。A は実装が簡単だが相手の停止で止まる…」 |
| 決定 | 選んだ案と、選んだ理由(なぜほかを選ばなかったか) | 「B 案」 | 「B。相手の停止に影響されず、再試行を基盤に任せられるため。C は件数の増加に弱い」 |
| 影響 | この決定で引き受けること。新しい制約、費用、将来の見直しのしにくさ | 書かれていない | 「基盤の運用が必要。取り込みの遅れは翌朝まで分からないため、監視を追加する」 |
| 見直しの条件 | どうなったらこの判断を見直すか | 書かれていない | 「相手システムが夜間停止をやめたとき。件数が 100 万件を超えたとき」 |
記録には、決定した日、決めた人、承認した人、状態(提案中・採用・廃止・置き換え済み)を添えます。
5. 何を記録し、どう保つか
すべての判断を記録する必要はありません。 記録するのは、あとで「なぜこうなっているのか」と問われそうな判断です。目安は、戻すのに費用がかかる判断、複数の会社やシステムに影響する判断、要件や制約の解釈を含む判断です。
記録は書き換えません。 判断を変えるときは、新しい記録を作り、古い記録の状態を「置き換え済み」にして新しい記録を指します。こうすると、判断の歴史が残り、「以前なぜそうしたか」が消えません。
記録は探せる場所に置きます。 設計書の中ではなく、番号を振った一覧(ARC-006 設計判断記録)として持ち、全体構成の説明(ARC-002 目標システム構成説明書)から番号で参照します。
CASE FACTFROZEN正本に記載されたアステリア案件の事実
アステリア案件の設計判断に関する記載
- システムは 11。連携の経路には SYS-06 システム連携基盤を通るもの(IF-04 工数連携、IF-05 売上仕訳連携、IF-07 原価仕訳連携 など)と、直接つなぐもの(IF-01 顧客マスター連携、IF-03 社員・組織マスター連携 など)がある
- 成果物に ARC-006 設計判断記録、ARC-002 目標システム構成説明書 がある
- P-008 黒田 健 — システムアーキテクト
- 設計承認は、AIへ最終委任しない事項
なぜ基盤を通す連携と直接つなぐ連携があるのか、その判断がどう記録されたかは、正本に記録がありません。記録なし 上の表の例はいずれも教材上の例です。
6. THINK — 「決定だけ書けば十分」
設計のレビューで、アーキテクトが次のように言いました。
「設計判断記録は、決めたことを一行で書けば十分です。理由を書く時間があるなら設計を進めたい。」
問題
この進め方の問題は何でしょうか。
判断例を開く
判断
決定だけの記録は、半年後に「なぜ」と問われたとき、判断をやり直すことになります。
確認すること:
- 文脈(当時の制約と分かっていなかったこと)が書かれていないと、状況が変わったかどうか判断できない
- 選択肢が書かれていないと、「B 案は検討したのか」と同じ議論が繰り返される
- 影響が書かれていないと、引き受けたはずの制約を誰も知らず、あとで驚く
- 見直しの条件が書かれていないと、見直す機会を逃す
5 つの要素は長文である必要はありません。1 件につき 1 ページ、15 分で書ける量が目安です。その 15 分は、半年後の数時間の議論を省きます。
7. よくある失敗
- 決定だけを書き、文脈と選択肢がない
- すべての判断を記録しようとして、記録が多すぎて読まれない
- 記録を書き換えて判断の歴史が消える
- 記録が設計書の中に散らばり、番号で参照できない
8. 成果物との接続
- ARC-006 設計判断記録:5 つの要素で 1 件ずつ記録し、番号と状態を持つ一覧
- ARC-002 目標システム構成説明書:大きな判断を番号で参照し、説明書自体には理由を繰り返さない
9. AI WORKFLOW — 記録の抜けている要素を点検させる
AIは、設計判断記録の各件について、5 つの要素がそろっているかを点検する下書きに役立ちます。
指示例:
「次の設計判断記録について、1 件ごとに『文脈』『選択肢(2 つ以上)』『決定と理由』『影響』『見直しの条件』が書かれているかを表にし、欠けている要素を示してください。欠けている要素の中身を推測して補ったり、判断の良し悪しを評価したりしないでください。」
10. REVIEW — AIの点検を確認する
- AIが「書かれている」とした要素が、形だけでなく中身を持っているか(「理由:妥当なため」は理由ではない)
- 欠けている要素を、当時の判断に関わった人に確かめて埋めたか
- 設計判断記録を AI に渡してよいか(設計情報の扱い)を事前に確かめたか
11. 人間が判断すること
- どの判断を記録の対象にするか
- 選択肢のどれを選ぶか、何を引き受けるか
- 見直しの条件が来たとき、判断を変えるか
設計承認は、AIへ最終委任しない事項です(正本の方針)。
12. 判断演習
あなたが最近した「あとで理由を聞かれそうな判断」を 1 つ選んでください(仕事でも私生活でもかまいません)。
文脈・選択肢(2 つ以上)・決定と理由・影響・見直しの条件の 5 つを、それぞれ 2〜3 行で書いてください。書いてみて、当時は意識していなかった「引き受けたこと」があれば、それも書いてください。
あなたの記録あなたの考え。事実ではありません
判断ノート
このユニットで覚えてほしいこと
記録は 5 つの要素で 1 枚。文脈・選択肢・決定と理由・影響・見直しの条件。書き換えず、番号で参照し、問われそうな判断だけを残す。