このユニットの結論
大きなプロジェクトの「最終責任」は、プロジェクトの現場の責任者1人がすべてを背負うものではありません。
投資と成果に責任を持つ人(スポンサー)と、計画どおりに進めることに責任を持つ人(プロジェクトの責任者)を分け、それぞれが何を決め、何を上に上げるかをはっきりさせることで、判断が止まらない体制になります。
1. 何の話か
このユニットは、プロジェクトの最終責任の話です。
約120人が関わるプロジェクトでは、毎日たくさんの判断が必要になります。その中には、現場で決めてよい判断と、経営層でなければ決められない判断があります。誰がどの責任を持つかが分からないと、判断が止まったり、決めてはいけない人が決めたりします。
2. なぜ必要か
最終責任があいまいだと、
- 範囲や予算を変える判断が、誰にも決められないまま止まる
- 現場の責任者が、自分の権限を超えた判断を背負い込む
- 問題が起きたとき、誰に上げればよいか分からず、報告が遅れる
- プロジェクトが終わったあと、狙った成果が出たかを誰も確かめない
ということが起きます。
3. このユニットで分かること
- スポンサーとプロジェクトの責任者の違い
- 「責任を持つ」と「作業をする」の違い
- 判断を上に上げる(エスカレーション)の考え方
- 最終責任の判断で、AIに任せてはいけないこと
4. スポンサーとプロジェクトの責任者
| 役割 | 主な責任(一般的な説明) | 決めることの例 |
|---|---|---|
| スポンサー | 投資に見合う成果が出ることに、最終的な責任を持つ。プロジェクトを後ろ盾として支える | 投資の承認、目的と範囲の大きな変更、予算の追加、プロジェクトを続けるか止めるか |
| プロジェクトの責任者(プログラムマネージャー、プロジェクトマネージャー) | 決められた目的・範囲・予算・期限の中で、プロジェクトを進めることに責任を持つ | 計画の立て方、担当の割り当て、範囲の中での優先順位、問題への対応 |
| 各分野のリーダー | 自分の分野(業務、設計、テスト、移行など)の成果に責任を持つ | 分野の中の進め方、分野の成果物の品質 |
スポンサーは、日々の作業を指示する人ではありません。プロジェクトの責任者が自分では決められない判断を引き受け、必要な人・お金・組織の協力を用意する人です。
5. 「責任を持つ」と「作業をする」は違う
- 責任を持つ人は、結果に説明の責任を負い、判断する
- 作業をする人は、決められたことを実行する
1人が両方を兼ねることもあります。しかし、両方を兼ねていると、作業に追われて判断が後回しになりがちです。判断ごとに「誰が作業し、誰が決めるか」を分ける考え方は、03-03 誰が決め、誰が実行するのかで学びます。
6. 上に上げる(エスカレーション)
プロジェクトの責任者が自分の権限の中で決められないことは、スポンサーなどに上げます。一般的には、次のようなときです。
- 目的・範囲・予算・大きな節目を変える必要がある
- 複数の部門・会社の利害がぶつかり、現場では調整できない
- プロジェクトを続けること自体に大きなリスクがある
上げる基準(何を、どの段階で、誰に上げるか)は、プロジェクトの初めに決めておきます(PRG-001)。基準がないと、上げるのが遅れるか、何でも上げて上の人の判断が詰まります。
CASE FACTFROZEN正本に記載されたアステリア案件の事実
アステリア案件に関係する記載
- 約120人規模のプロジェクト
- P-001 佐伯 隆志 — CFO/プロジェクトスポンサー
- P-002 高瀬 真理 — CIO/IT統括責任者
- P-003 西村 俊介 — プログラムマネージャー
- P-004 田辺 彩 — PMOリーダー
- AIは意思決定責任者ではない。投資承認・要件確定・設計承認・セキュリティ例外承認・本番移行承認・Go / No-Go・重大障害判断は、AIへ最終委任しない
正本にあるのは、上の人物の役割の名前です。スポンサーとプログラムマネージャーがそれぞれ何を決めるか、上に上げる基準、会議体(運営委員会など)の有無は、正本に記載がありません。未確定 役職名から、個別の判断を誰が行うかを推測しません。
7. THINK — 範囲を広げてほしいという依頼
プロジェクトの途中で、ある部門の責任者から、プロジェクトの責任者に次の依頼がありました。
「この業務も新しいシステムの対象に入れてほしい。うちの部門の予算から一部を出してもよい。」
プロジェクトの責任者は、良い提案だと思い、その場で引き受けようとしています。
問題
プロジェクトの責任者が、その場で引き受けてよいでしょうか。
判断例を開く
判断
その場で引き受けるのではなく、判断の場に上げるべき内容です。
確認すること:
- 範囲の変更は、プロジェクトの責任者の権限の中か(憲章などで決めた範囲か)
- 予算・期限・ほかの業務の優先順位に、どれだけ影響するか
- 誰がこの変更を承認する立場か
- 依頼の内容と、影響の見積もりを、判断する人に示せるか
良い提案であっても、範囲の変更は、プロジェクト全体の約束(目的・範囲・予算・期限)を変える判断です。変更の手続きは 04-06 途中で要件が変わったらどうするのか で学びます。
8. よくある失敗
- スポンサーが名前だけで、判断が必要なときに関わらない
- プロジェクトの責任者が、上に上げるべき判断を抱え込む
- 逆に、何でも上に上げて、上の人の判断が詰まる
- 上に上げたが、何を決めてほしいのかが伝わらない
- 決まったことを記録せず、あとで「そんな判断はしていない」となる
9. 成果物との接続
- PRG-001 プロジェクト憲章:スポンサー・責任者と、責任者の権限を示す
- PRG-003 プロジェクト体制図:誰がどの立場にいるかを示す
- PRG-004 役割・責任分担表:判断の種類ごとに、誰が決めるかを示す
- PRG-007 意思決定記録:誰が、何を、何を根拠に決めたかを残す
PMOの役割は 03-02 PMOとは何をする組織なのか で学びます。
10. AI WORKFLOW — 上げる判断の資料を整える
AIは、判断を上げるときの資料の下書きに役立ちます。
指示例:
「次の依頼について、判断する人に上げる資料の下書きを作ってください。①依頼の内容、②目的・範囲・予算・期限への影響(分かっていることと、まだ分からないことを分ける)、③選べる案、④決めてほしいこと、の順にしてください。どの案がよいかは書かないでください。」
11. REVIEW — AIの下書きを確認する
- 影響の見積もりに、AIが推測した数値が入っていないか
- 「決めてほしいこと」が、判断する人に1つずつ伝わる形か
- AIが、どの案がよいかを書いていないか
ADVANCED深掘り — 実務者向けに一段深く
深掘り — 権限のしきい値と、節目の関門
権限を数値で区切る
「何を上に上げるか」は、言葉だけでは判断が分かれます。金額・期間・範囲の 3 つで、しきい値を数値にします(教材上の例)。
- 金額:追加の費用が一定の額までは責任者、超えたらスポンサー
- 期間:節目の遅れが一定の週数までは責任者、超えたらスポンサー
- 範囲:範囲の中の順番の入れ替えは責任者、範囲そのものの変更はスポンサー
世界で共有されている考え方では、この表を権限委譲表と呼びます。数値があれば、上げるべきかどうかで迷う時間がなくなり、「上げなかった」ことが責められることもなくなります。
節目に関門を置く
工程の切れ目(要件の確定、設計の承認、テストの終了、稼働の判断)に、「次に進んでよいか」を決める場を置きます。これを「ステージゲート」と呼びます。関門では、進む・止まる・戻るのどれかを、決める権限のある人が決め、記録します。関門が形だけになると、誰も「止まる」と言えず、問題を抱えたまま次の工程に進みます。
運営の場を設計する
スポンサーが判断する場(運営委員会)は、集まる頻度、出る人、決めてよいこと、資料の形を決めておきます。資料は、「決めてほしいこと」を先頭に、選べる案と、それぞれの影響を並べます。報告のための場にしてしまうと、スポンサーの時間が報告で埋まり、判断が後回しになります。
測り方の例
- しきい値を超えて上がった判断の件数と、上げてから決まるまでの日数
- 関門で「止まる」「戻る」と決めた回数
- 運営の場の議題のうち、判断を求めたものの割合
現場で確かめる問い
- 権限のしきい値は、金額・期間・範囲の数値で決まっているか。どこに書かれているか
- 工程の切れ目に関門があるか。そこで「止まる」と決めたことはあるか
- スポンサーが判断する場の議題は、判断を求めるものか、報告が中心か
- 上げた判断が決まるまでの日数を数えているか
アステリア案件の権限のしきい値、関門の有無、運営の場の設計は、正本に記録がありません。記録なし
12. 人間が判断すること
- 誰がスポンサーで、誰がプロジェクトの責任者か
- プロジェクトの責任者の権限と、上に上げる基準
- 上がってきた判断(範囲・予算・続けるか止めるか など)
投資承認などの重要な判断は、AIへ最終委任しない事項です(正本の方針)。AIは判断の材料を整えるところまでを手伝います。
13. 判断演習
あなたは、プロジェクトの責任者です。
次の3つのうち、自分で決めてよいものと、スポンサーに上げるべきものを分けてください。分けた理由も書いてください。
- A:テストの担当の割り当てを変える
- B:本番稼働の時期を3か月遅らせる
- C:範囲の中の2つの機能の開発の順番を入れ替える
あなたの記録あなたの考え。事実ではありません
判断ノート
このユニットで覚えてほしいこと
最終責任は、成果に責任を持つスポンサーと、進めることに責任を持つプロジェクトの責任者に分けて考えます。
誰が何を決め、何を上に上げるかを初めに決め、決めたことは記録に残します。