このユニットの結論
大規模な刷新では、「やりたいこと」を全部入れると、いつまでも終わりません。
最初に決めるべきなのは、今回のプロジェクトで何を変え、何を変えないか(対象範囲)です。
対象範囲は、予算・期間・人員・リスクを決める土台であり、あとから入ってくる要望を判断する物差しにもなります。
1. 何の話か
このユニットは、プロジェクトの対象範囲(スコープ)の話です。
スコープとは、「今回のプロジェクトで扱うもの」と「扱わないもの」の境界線のことです。
経理の仕事にたとえると、決算作業で「今回の締めに含める取引」と「翌期に回す取引」を最初に決めるのに近い考え方です。境界があいまいなままだと、作業がいつまでも終わりません。
2. なぜ必要か
一般的に、刷新プロジェクトでは、次のような声が次々に出てきます。
- せっかくだから、この帳票も新しくしたい
- ついでに、この業務も自動化したい
- 古いこの機能も、念のため残したい
一つひとつは正しい要望でも、全部を今回に入れると、
- 期間が延びる
- 費用が増える
- テストと移行の対象が膨らむ
- 本当に重要な部分に人が割けなくなる
という形で、プロジェクト全体が崩れます。
3. このユニットで分かること
- 対象範囲を「今回・次期・対象外」のように分けて考える理由
- 対象範囲が、要件・テスト・移行・費用にどう効いてくるか
- 範囲の判断で、AIに任せてよいことと人間が決めること
CASE FACTFROZEN正本に記載されたアステリア案件の事実
アステリア案件の規模
- 大規模基幹システム刷新
- 約120人規模のプロジェクト
- 約1,500件の要件
- 約36本のシステム連携
- 10年分のデータ移行
- M-6 構想開始、M0 正式キックオフ、M18 本番稼働
正本には、アステリア案件で「何を今回の対象とし、何を対象外にしたか」の一覧は記載されていません。未確定 このユニットでは、範囲を決める考え方を一般論として学びます。
4. 対象範囲は何に効くのか
対象範囲は、後の工程すべての前提になります。
- 対象範囲
- 要件
- 設計
- 開発
- テスト
- データ移行
- 本番切替
たとえば、ある業務を「今回の対象」に入れると、その業務の要件・画面・データ・他システムとの連携・テスト・移行手順が、すべて今回の作業になります。
逆に「対象外」とした業務は、今回は作りません。ただし、対象外の業務が新システムのデータを使うなら、そのつなぎ目は今回考える必要があります。
5. 「今回・次期・対象外」に分ける
実務では、要望を次の3つに分けて整理することがよくあります。
| 区分 | 意味 | 例(教材上の例) |
|---|---|---|
| 今回 | このプロジェクトで実現する | 本番稼働に必須の業務 |
| 次期 | 価値はあるが、今回は見送る | 稼働後の改善として扱う帳票 |
| 対象外 | このプロジェクトでは扱わない | 別の取り組みで扱う業務 |
大切なのは、区分そのものより、どの基準で分けたかを残すことです。基準がないと、同じ要望が会議のたびに蒸し返されます。
6. THINK — 「ついでに」の要望
要件定義の途中で、ある部門から、
「新システムになるなら、今の月次集計表も全部作り直してほしい」
という要望が出ました。
問題
この要望を、今回の対象に入れるかどうかを、どう判断しますか。
判断例を開く
判断
すぐに「入れる」「入れない」を答えません。
まず確認すること:
- その集計表がないと、本番稼働後の業務が止まるか
- 今の集計表のどこに不満があるのか(作り直しが必要か、移すだけでよいか)
- 入れた場合、要件・テスト・移行がどれだけ増えるか
- 次期に回した場合、業務側にどんな回避策があるか
そのうえで、範囲を決める権限を持つ人が判断します。判断と理由は記録に残します。
7. よくある失敗
- 対象範囲を文書にせず、会議の雰囲気で決める
- 「対象外」にした理由を残さず、あとで同じ議論を繰り返す
- 範囲を広げたのに、期間と費用を見直さない
- 対象外の業務と新システムのつなぎ目を忘れる
8. 成果物との接続
- BUS-003 プロジェクト対象範囲定義書:今回の対象と対象外を定義する
- BUS-002 システム投資企画書:なぜこの範囲に投資するのかを説明する
- REQ-002 要件一覧:範囲の中で、何を要件として扱うかを管理する
危機演習 CR01 要件定義が終わらない では、要件定義が終わらない状況を体験します(学習上の接続です。正式な対応関係ではありません)。
9. AI WORKFLOW — 要望を整理させる
AIは、大量の要望を整理するのに役立ちます。
AIに渡すもの:
- 要望の一覧
- プロジェクトの目的
- すでに決まっている対象範囲の考え方
指示例:
「次の要望一覧を、①業務が止まるかどうか、②新システムで扱うデータに関係するか、③他の要望と重複しているか、の観点で分類してください。今回・次期・対象外の判断はせず、判断材料だけを示してください。」
10. REVIEW — AIの分類を確認する
AIの分類は、判断の下書きです。
確認すること:
- 要望の意味を取り違えていないか
- 重複とされた要望が、本当に同じ内容か
- 業務への影響を、AIが推測で決めていないか
- 元の要望の出どころ(誰が、なぜ)が失われていないか
ADVANCED深掘り — 実務者向けに一段深く
深掘り — 範囲の基準線と、広がりの測り方
範囲を作業に分解する
対象範囲を文章で書くだけでは、人によって読み方が変わります。範囲を、作る成果物と作業に分解して木の形に並べると、何が入っていて何が入っていないかが一目で分かります。世界で共有されている考え方では、この分解を WBS(作業分解構成)と呼びます。分解の原則は、枝を全部足すと親と同じになり、足りないものも余るものもないことです。枝に現れない作業は、範囲に入っていない、と読みます。
基準線を決め、差分で管理する
分解した範囲を、ある時点で承認して固定します。これが範囲の基準線です。以後、範囲が変わるときは、基準線との差分として変更を記録します(04-06)。基準線がないと、「最初からそのつもりだった」「そんな話は聞いていない」の水掛け論になります。
広がりを数える
範囲は、気づかないうちに広がります。世界で共有されている考え方では「スコープクリープ」と呼ばれます。測り方は、基準線のあとに足された項目の数、それによって増えた作業の見積もり、承認を経ずに入った項目の数です。月ごとに数えて並べると、広がりが加速している時期が分かります。加速しているなら、範囲を決める権限と手続きが機能していない印です。
「対象外」は書いて残す
対象外の業務を一覧から消すのではなく、「対象外」と書いて残します。なぜ対象外にしたか、対象外の業務と新システムのつなぎ目をどう扱うかも添えます。残っていれば、同じ要望が来たときに、前回の判断を指して答えられます。
現場で確かめる問い
- 範囲は、成果物と作業に分解されているか。分解に現れない作業で、誰かが「当然やる」と思っているものはないか
- 範囲の基準線は、いつ、誰の承認で固定されたか
- 基準線のあとに足された項目を数えているか。承認を経ずに入った項目はないか
- 対象外にしたものと、その理由、つなぎ目の扱いが文書に残っているか
アステリア案件の範囲の分解、基準線の時点、基準線のあとに足された項目は、正本に記録がありません。記録なし
11. 人間が判断すること
- 何を今回の対象とし、何を次期・対象外とするか
- 範囲を変えたとき、期間・費用・体制をどう見直すか
- 対象外とした業務の関係者に、どう説明するか
範囲の判断は、プロジェクトの目的と責任に直結します。AIに最終決定を任せません。
12. 判断演習
あなたは、要望の整理を任されました。
「今回」に入れたい要望が、予定の2倍に増えています。
あなたなら、判断する人に何を示しますか。
- 要望ごとの、業務への影響
- 今回に入れた場合に増える作業
- 次期に回した場合の回避策
- 範囲を決める基準
「全部入れる」「全部断る」ではなく、判断できる材料をそろえることが役割です。
あなたの記録あなたの考え。事実ではありません
判断ノート
このユニットで覚えてほしいこと
対象範囲は、プロジェクトの物差しです。
何を今回やり、何をやらないかを先に決め、その理由を残すことで、あとから来る要望を判断できるようになります。