このユニットの結論
「リスクがあります」だけでは、経営層は何も決められません。
起きる確からしさと、起きたときの影響の大きさを数値で置き、対策にかかる費用と比べることで、リスクは「心配」から「判断の材料」になります。数値は正確でなくてよく、比べられればよいのです。
1. 何の話か
このユニットは、リスクを数値で表し、対策の優先順位と予算を決める話です。
03-05 プロジェクトの問題をどう管理するか では、課題とリスクを一覧で管理することを学びました。ここでは、一覧に並んだリスクのうち、どれに先に手を打ち、どれだけの費用をかけるかを決めるための考え方を扱います。
2. なぜ必要か
リスクを言葉だけで扱うと、
- 声の大きい人のリスクが優先され、本当に大きいリスクが後回しになる
- 対策の費用を正当化できず、「様子を見る」が続いて手遅れになる
- 起きたときに「想定外」と言うが、実は一覧に書いてあった
ということが起きます。数値にすることで、リスクどうしを比べ、対策の費用と比べられるようになります。
3. このユニットで分かること
- 確からしさと影響を数値で置く方法
- 期待される損失と、対策の費用の比べ方
- 数値の限界と、数値にできないリスクの扱い
4. 確からしさと影響を数値にする
一般的には、リスク 1 件ごとに次の 2 つを置きます。
- 起きる確からしさ:プロジェクトの期間中に起きる見込み。細かい確率ではなく、段階(たとえば 10%・30%・50%・70%)で置く
- 起きたときの影響:金額(追加の費用、損失)か、日数(遅れ)で置く。両方あれば両方
2 つを掛けたものが期待される損失です。たとえば、起きる見込み 30%、起きたときの追加費用 2,000 万円なら、期待される損失は 600 万円です。
| リスク(一般的な例) | 確からしさ | 影響 | 期待される損失 |
|---|---|---|---|
| 主要な担当者が途中で離れる | 30% | 2,000 万円(引き継ぎと遅れ) | 600 万円 |
| 外部サービスの仕様が変わる | 50% | 800 万円(改修) | 400 万円 |
| 移行データの品質が想定より悪い | 70% | 3,000 万円(クレンジングと遅れ) | 2,100 万円 |
数値は見積もりです。正確さより、同じ基準で置いて比べられることが大切です。
5. 対策の費用と比べる
対策には費用がかかります。対策をしたあとの期待される損失と、対策の費用を足して、対策をしない場合の期待される損失と比べます。
- 対策の費用 + 対策後の期待される損失 < 対策前の期待される損失 なら、対策する価値がある
- 差が小さいなら、対策を小さくするか、様子を見る判断もあり得る
上の表で、移行データの品質のリスクに 500 万円かけて事前調査をし、確からしさを 70% から 20% に下げられるなら、対策後は 500 万円 + 600 万円 = 1,100 万円で、対策前の 2,100 万円より小さくなります。この計算を一覧に書いておくと、対策の予算を経営層に説明できます。
世界で共有されている考え方では、こうした扱いを「定量リスク評価」と呼びます。
6. 数値の限界
数値にすることで見落とすものがあります。
- 数値にしにくいリスク:信頼の失墜、法令違反、安全。金額に直せなくても、別枠で「起きてはならないもの」として扱う
- 一度に複数が起きるリスク:1 件ずつは小さくても、同時に起きると大きい。関連するリスクをまとめて見る
- 見積もりの偏り:担当者は自分の領域のリスクを小さく見積もりがち。別の人の目で見直す
数値は判断を助ける道具であって、判断そのものではありません。
CASE FACTFROZEN正本に記載されたアステリア案件の事実
アステリア案件のリスク管理に関する記載
- 成果物に PRG-006 課題・リスク管理表 がある
- P-004 田辺 彩 — PMOリーダー、P-003 西村 俊介 — プログラムマネージャー、P-001 佐伯 隆志 — CFO/プロジェクトスポンサー
- 約120人規模のプロジェクト、約1,500件の要件、約36本のシステム連携、10年分のデータ移行、マルチベンダー
アステリア案件でどんなリスクが一覧に挙げられ、確からしさや影響がどう見積もられ、対策にいくら使われたかは、正本に記録がありません。記録なし 上の表の数値は教材上の例であり、アステリア案件のものではありません。
7. THINK — 「対策の予算は認められない」
PMO が、移行データの事前調査に 500 万円の予算を求めました。経営層から次の返答がありました。
「まだ起きていない問題に 500 万円は出せない。起きたら対応すればよい。」
問題
PMO は、どう説明し直すべきでしょうか。
判断例を開く
判断
「起きたら対応する」の費用を数値で示していないことが、説明の弱さです。
確認すること:
- 起きる確からしさと、起きたときの影響(費用・遅れ)を、根拠つきで置いているか
- 対策をした場合としない場合の、期待される損失と費用を並べて示しているか
- 起きたときの影響に、遅れによる間接の損失(業務の混乱、他の作業への波及)を含めているか
- 対策を小さく始める案(一部のデータだけ先に調べる)を用意しているか
「心配だから」ではなく「しない場合の期待される損失は 2,100 万円、する場合は 1,100 万円」と示せば、判断の土俵が変わります。それでも経営層が「しない」と決めるなら、その判断と理由を記録に残します。
8. よくある失敗
- リスクを言葉だけで一覧にし、大きさを比べられない
- 確からしさを「高・中・低」とだけ書き、人によって意味が違う
- 対策の費用だけを見て「高い」と判断し、対策をしない場合の損失を見ない
- 一度置いた数値を見直さず、状況が変わっても一覧が古いまま
9. 成果物との接続
- PRG-006 課題・リスク管理表:リスクごとの確からしさ・影響・期待される損失・対策・対策後の見込みを書く欄を持たせる
一覧は作って終わりではなく、節目ごとに数値を見直します。確からしさが上がってきたリスクが、課題に変わる瞬間を見逃さないためです。
10. AI WORKFLOW — 見積もりの根拠の抜けを点検させる
AIは、リスク一覧の各行について、確からしさと影響の根拠が書かれているかを点検する下書きに役立ちます。
指示例:
「次のリスク一覧について、行ごとに『確からしさの根拠』『影響の根拠』『対策後の見込みの根拠』が書かれているかを表にしてください。書かれていない項目は空欄のまま示し、数値を推定して埋めたり、優先順位を提案したりしないでください。」
11. REVIEW — AIの点検を確認する
- AIが「根拠あり」とした記述が、本当に根拠(記録・経験・比較)になっているか
- 空欄の項目について、担当者に根拠を確かめたか
- リスク一覧を AI に渡してよいか(経営情報の扱い)を事前に確かめたか
12. 人間が判断すること
- 確からしさと影響を、どの基準で置くか
- 対策にいくらかけるか、様子を見るか
- 数値にできないリスクを、どう扱うか
13. 判断演習
あなたの仕事で起こりうるリスクを 3 つ挙げ、それぞれに起きる確からしさ(10%・30%・50%・70% のどれか)と、起きたときの影響(金額か日数)を置いてください。
期待される損失の大きい順に並べ、一番大きいリスクについて「対策の費用」と「対策後の見込み」を考え、対策する価値があるかを書いてください。
あなたの記録あなたの考え。事実ではありません
判断ノート
このユニットで覚えてほしいこと
リスクは数値で比べる。確からしさ × 影響 = 期待される損失。対策の費用と対策後の見込みを足して、対策前と比べる。数値は道具であり、判断は人が行う。