このユニットの結論
「安全に作る」と言うだけでは、何から守るのかが決まりません。
守るべきもの(資産)に重さを付け、そこへ近づける入口を列挙し、入口ごとに「誰が、何を狙って、どうやって」を書き出し、対策と残っている危険を並べる。攻撃する側の目で自分のシステムを見直すこの作業が、脅威モデルです。残っている危険がゼロのモデルは、考えていない印です。
1. 何の話か
このユニットは、システムを攻撃する側の視点で弱点を洗い出す方法の話です。
08-01 ログインできれば安全なのか で、認証だけでは安全にならないことを学びました。では、何をすれば「安全」に近づくのか。答えは「何から守るか」を具体的に決めることです。世界で共有されている考え方では、この作業を「脅威モデリング」と呼びます。
2. なぜ必要か
攻撃者の目で見ないと、
- 画面からの攻撃だけを考え、運用者の操作や開発の道具からの経路を見ない
- 対策を思いついた順に並べ、大事な資産が守られていないのに小さな弱点に費用をかける
- 事故のあとに「想定していなかった」と言うが、少し考えれば分かる経路だった
ということが起きます。脅威モデルは、設計の段階で弱点を見つける最も安い方法です。
3. このユニットで分かること
- 資産・入口・脅威・対策・残りの 5 つの並べ方
- 入口の見落としを防ぐ方法
- 優先順位の付け方
4. 5 つを並べる
| 要素 | 問い | 例(一般的な例) |
|---|---|---|
| 資産 | 漏れたら・壊れたら・止まったら困るものは何か。どれだけ困るか | 顧客と契約の情報(漏えいで重大)、会計の残高(改ざんで重大)、業務の画面(停止で中) |
| 入口 | 資産に近づける経路はどこか | 利用者の画面、他システムとの連携、外部サービス、運用者の本番操作、開発の道具、AI の実行環境 |
| 脅威 | 入口ごとに、誰が、何を狙って、どうやって | 盗んだ認証情報でのなりすまし、連携の経路での改ざん、運用者の権限の乱用 |
| 対策 | 脅威に対して何をしているか。その根拠(どの要件・設計か) | 多要素の認証、通信の暗号化、特権の申請制と操作の記録 |
| 残り | 対策してもなお残る危険。受け入れるか、追加の対策か | 本人の端末が乗っ取られた場合は防げない。端末の管理の方針で扱う |
5. 見落としを防ぎ、優先順位を付ける
入口の見落としを防ぐには、構成図に「ここから先は信頼しない」という境目を引き、境目をまたぐ経路をすべて列挙します。人(利用者、運用者、開発者、委託先)、システム(連携、外部サービス)、道具(開発環境、AI の実行環境)の 3 つの軸で見ると、抜けが減ります。
脅威の見落としを防ぐには、分類を使います。なりすまし・改ざん・否認(やっていないと言い張る)・漏えい・妨害(止める)・権限の昇格、の 6 つを入口ごとに当てはめます。
優先順位は、資産の重さ × 起こりやすさ で付けます。数値は粗くてよく、比べられれば十分です。上位から対策し、対策の計画と評価の計画(SEC-001 セキュリティ基本方針)に渡します。モデルは SEC-006 脅威モデル に残し、構成が変わるたびに見直します。
CASE FACTFROZEN正本に記載されたアステリア案件の事実
アステリア案件の守るべきものと入口に関する記載
- データ正本:顧客・契約は営業管理システム、社員・組織は人事マスター、案件・案件予算・案件原価・請求は新基幹、正式な会計残高・仕訳は FIN-CORE
- システムに SYS-08 認証・ID基盤、SYS-11 監視・ログ基盤、SYS-10 AI開発エージェント がある。外部サービスとして SYS-03 勤怠・工数管理SaaS がある
- Vendor B クラウドブリッジの担当範囲に IAM が含まれる
- 成果物に SEC-001 セキュリティ基本方針、SEC-006 脅威モデル がある
- P-012 石井 稔 — セキュリティ責任者、P-013 木村 亮 — AIガバナンス責任者
- セキュリティ例外承認は、AIへ最終委任しない事項
アステリア案件でどの資産がどれだけ重いとされ、どんな脅威が想定され、どんな対策が取られたかは、正本に記録がありません。記録なし
6. THINK — 「外部からの攻撃に対策すれば十分」
セキュリティの設計の会議で、次の整理がされました。
「インターネットから入ってくる攻撃に対策すれば十分です。社内の人と委託先は信頼できます。」
問題
この整理で、脅威モデルを作ってよいでしょうか。
判断例を開く
判断
「社内と委託先は信頼できる」は、入口の半分を見ないと宣言しているのと同じです。
確認すること:
- 運用者が本番で何でもできる権限を持っていないか。操作の記録は残るか
- 開発者が本番のデータや秘密情報に触れる経路はないか
- 委託先の作業者の権限は、契約の終了とともに消えるか
- AI の実行環境が、取り込んだ文書の中の指示に従って変更を加える経路はないか
- 「信頼できる人」のアカウントが盗まれた場合、外部の攻撃者はその人と同じことができる
信頼は人への評価であって、設計の前提にはできません。設計は「盗まれたら」「間違えたら」を前提に作ります。
7. よくある失敗
- 画面からの攻撃だけを考え、運用・開発・AI の経路を見ない
- 資産に重さを付けず、全部を同じ重さで守ろうとして費用が足りなくなる
- 対策だけを並べ、残っている危険を書かない(事故のあとに説明できない)
- 設計のあとに評価のために作り、設計に反映されない
8. 成果物との接続
- SEC-006 脅威モデル:資産・入口・脅威・対策・残りの一覧と、優先順位
- SEC-001 セキュリティ基本方針:脅威モデルの結果を、守る方針と対策の計画に落とす
9. AI WORKFLOW — 分類ごとの脅威の候補を挙げさせる
AIは、入口の一覧に 6 つの分類を当てはめ、脅威の候補を網羅的に挙げる下書きに役立ちます。
指示例:
「次の入口の一覧について、入口ごとに、なりすまし・改ざん・否認・漏えい・妨害・権限の昇格 のそれぞれで起こりうる脅威の候補を挙げてください。対策の提案や危険の大きさの評価はせず、攻撃の具体的な手順も書かないでください。」
10. REVIEW — AIの候補を確認する
- AIが挙げた候補が、この構成で本当に起こりうるか(一般論をそのまま載せていないか)
- 候補のうち、モデルにないものを意図して外したのか、見落としかを人が区別したか
- 構成の情報を AI に渡してよいか(守るための文書そのものが機密であること)を事前に確かめたか
11. 人間が判断すること
- 資産の重さ
- 残っている危険を受け入れるか、追加で対策するか
- 対策の優先順位
セキュリティ例外承認は、AIへ最終委任しない事項です(正本の方針)。
12. 判断演習
あなたの職場で使っているシステムを 1 つ選び、「資産」を 3 つ、重さ(1〜5)つきで挙げてください。
次に、人・システム・道具の 3 つの軸で「入口」を 5 つ以上挙げ、そのうち 2 つについて、6 つの分類のどれかに当たる脅威を 1 つずつ書いてください。最後に、対策してもなお残りそうな危険を 1 つ書いてください。
あなたの記録あなたの考え。事実ではありません
判断ノート
このユニットで覚えてほしいこと
守るには、攻める側の目で見る。資産に重さを付け、入口を人・システム・道具で列挙し、分類で脅威を洗い、対策と残りを並べる。信頼は設計の前提にしない。